今日は勝利への哲学的な話を
人狼では、よく「白を拾って貰えなかった」とか
「相手の発言が読みにくかった、もっとわかりやすく発言して欲しい」とか
耳にする。
もちろん、相手側にもっと求めたい気持ちは理解出来るし
相手に不足してる部分も、当然あるだろう。
しかし、これらは「他者への依存」である。
相手の依存が強ければ強い程、「勝ちからは遠ざかる」
人狼に限らず、殆どの勝負事に於いて、他者への依存度や期待度が大きいと
いわば運の比率が高くなり
・たまたま実力の高い人が同村して拾ってくれた。
・たまたま実力の高い人の動きが良くて読みやすかった。
という条件が必要になる。この条件が多過ぎれば、同村運に恵まれる必要があり
「偶然に頼り過ぎると、再現性がなく、その村限りでしか通用しない」
村のメンバーも役職も基本的に一期一会なので
「相手のおかげ」の比率が高ければ高い程、次の村では相性が悪くて
吊られる。勝率に結び付かない。日頃から相性悪いという言葉はあまり使うべきではない。
勿論、相手の発言がなければ判断できない訳ですから
相手に発言はして貰わなければなりません。なので、
出来る限り「自分の能力に依存し、他者依存を減らす」ことが勝率に結び付くことになります。
相手に発言を拾って貰う(他者依存)から自分で要素を拾っていく(自分依存)
狼陣営は、自分の白を拾って貰わないと行けないんじゃないの?と考える方もいるでしょう。だけれども、拾って貰う(他者依存)と拾わせる(自分依存)は明確に違います。
勝てる狼ほど、どうやったら自分が白視されるか理解しており、拾わせる動きや相手をコントロールする方法を知ってます。
偶然を減らし、狙い通りなど必然を増やす方法を模索すること
自分を吊って、他を見て欲しい(いわゆる村の自吊り発言)も
「他者に狼を見つけて貰う究極の他者依存」です。
勝つだけなら寡黙で初回に吊られても、どちらの陣営でも勝つ事は可能です。
しかし、それはもう偶然仲間(つまり他者)が強かったと言えるので
多く勝ち続ける。勝率をあげるには、強い仲間に助けられるより、自分が助けてあげられるようになる必要があります。
その為には、自分で狼を見つける(やり方は自分次第)
真贋を見極めるのも自分の能力次第。
相手の思考をコントロールする。
(狼であれば白を拾わせる。村の勝利へ結び付く事で村人だと拾わせる)
「チーム戦であっても個人の能力の高さは重要」です。
相手のせいにしたくはなりますが、あくまで戦ってるのは自分自身であり
能力の高い人達が上手く組み合わさってチームになるということ。
習慣として、「相手のせいにしてるなと思ったら、自分に何か出来る事はなかったか?」
考える習慣を付けて行きたいですね。
相手に求めたとこで、次に会える保証はないですから
仮にもしそれで相手がいくらそれで強くなったとこで、自分に恩恵が帰って来る事はありませんから、自分が戦い続けるつもりなら、自分でどうにかする癖と習慣を付けない限りは勝てるようにはなりません。
そこは私自身、戒めとしてこれからも意識し続けて行きたいなと思います。
人狼とあまり関連性は低い話でしたが
たまにはこんな話もいいよね。それではまた
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